「ましろの月」(Ver.F)

(「ましろの月」(Ver.F)・135×35cm×4・2015)***ましろの月は森にかがやく。枝々のささやく聲は繁のかげにああ愛するものよといふ。底なき鏡の池水に影いと暗き水柳その柳には風が泣く。いざや夢見ん、二人して。ひろくやさしきしづけさの降りてひろごる夜の空。月の光は虹となる。ああ、うつくしの夜や。(永井荷風『珊瑚集』ポオル・ヴヱルレヱン「ましろの月」)***フランスの詩人、ポール・ヴェルレーヌの詩を永井荷風が訳した「ましろの月」。『珊瑚集』の初版本に準拠していますので、現行の文庫本とは言葉が少し違っています。第32回読売書法展とこちらとは同じ詩を題材にしていますが、こちらは詩の全文を作品にしました。6月のフランス展で席上揮毫をした、その全文です。フランスでは正絹の反物に直接揮毫をしましたが、こちらではその反物を表具生地に用いています。書作をする上で、頭の中にはいつも20篇程度の書きたい詩がストックしてあって、何かの折にそれにぴたっと来る生地を見つけたときには手に入れるようにしています。この生地は、ぼんやりと月明かりに照らされた光景に見えて「あ、これは『ましろの月』の。」そう思って手に入れていた物。仕上げに右肩に銀箔で月をあしらいました。「一枚の大きな紙に書かないのですか?」そう聞かれたお客様がおられましたが、これは紙と紙との間から月明かりの光景が覗くことで遠目に見たときに風景のような奥行きが出ないかと、敢えて4枚の紙に分けて書いたものです。墨は檜皮色の色墨を使いました。仄かな赤茶色が作品全体の統一感を生むように。フランスに行ったのは6月のこと。最も夜の短い季節でした。21時くらいになっても外は明るく、夜は暗闇ではなく、光を持った夜でした。墨の色には、そんな光を内包した不思議なフランスの夜を表現したかった、そんな思いがあります。

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