「赤い木の実」
(「赤い木の実」・100×35cm(本紙)・2009・個人蔵)
*
雪のふる日に小兎は
赤い木の実がたべたさに
親のねたまに山をいで
城の門まできはきたが
あかい木の実はみえもせず
路はわからず日はくれる
ながい廊下の窓のした
なにやら赤いものがある
そっとしのむできてみれば
二の姫君のかんざしの
珊瑚の珠のはづかしく
食べてよいやらわるいやら
兎はかなしくなりました
(竹久夢二「赤い木の実」)
*
この詩に出会ったのは高校生の頃だったろうか。
昔から気に入った詩を覚え
そらで唱えるのが好きだった私は
この詩もまた、童歌を歌うように
何度も何度も口ずさんでいた。
小さな頃飼っていた兎は、
両手の中に可愛くて、
小さく振動していて、
そしていつもどこか泣きそうな目をしていて、
それを思い出していた。
きっと真っ白な雪の上で、赤い珊瑚のかんざしを見つめて
途方に暮れているこの詩の中の小兎は
私にとって既知の風景に近いものだったのだろう。
小さな兎は私よりもずっとずっと短い命を終えて、
かなしく、はかなく、でも優しい記憶を残してくれた。
小さく、やわらかく、あたたかい記憶。
小さな命のふるえる記憶。
*
巧みに書くことではなく、
小さな思いを刻むように書くことをしたかった。
でも、雪のような余白を
美しく残したかった。
墨のあとは、
小兎がたどったその路の、
小さな足跡のようでありたかった。
今まで、この作品を載せ忘れていたのはなぜだろう。
この年のこの季節に思い出させてくれたものはいったい何なのだろう。
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