帝釈峡吟行(その1)

帝釈峡の、狭い山道を並んで歩く。

靄のかかった景色は、物と物との境界が曖昧で
なんだか優しい。
他愛ない話と草木の話と鳥の話。その声に、川音が重なる。

 
 半歩ずつコートの裾の触れており


ぎりぎりで紅葉に間に合ったかな、という景色だった。
少し枯色に近づいた紅葉が足下にも降り積もっている。


 十重二十重亦十重二十重椎落葉


しわしわと足に柔らかな落葉を踏みしめながら、
川の畔を辿るように進んでいく。

後ろから馬の足音が聞こえてくる。
帝釈峡の遊歩道を行き来する馬車の音だ。
ゆっくりとした、でも大きくて確実な歩みで、馬は私たちの横を通りすぎていった。


 しわぶきにお馬通りし匂いかな


ふうわりとけものの気配だけが残る。

雄橋(おんばし)という大きな天然の岩橋を見た。
長い年月をかけて水の流れにえぐられたという、大きな岩の橋。

ここは、動かぬ物の存在感と、
動く物の絶え間ないエネルギーが満ちている場所なのかもしれない。


 寒靄の寄れば川面の猛るなり


それぞれに白い息を規則的に吐きながら歩く。
その息は全て寒靄に溶けていった。





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