くっだらない。

日記に、イヤなことや嫌いなことを書くのは
あんまり趣味じゃないんだけど、
あまりにタイムリーだったので、
ちょっとショック受けたこと。

某サイト内にですねー、

  夏休み読書感想文代行します。
  興味のある方はご連絡ください。

っていうトピックが複数立ったんですね。


私はちょうど先週末、毎年恒例になってる
読書感想文講座をしてきたばかり。

これは読書感想文を代行するんじゃなくて、
あくまでも子ども一人一人が自分の言葉で綴るために、
書き方を教えたり、ヒントをあげたり、
聞き取りや話しかけを主とした講座なんです。
2、3時間という限られた時間で、大勢の子どもらの
感想文と本に目を通して話をするわけですから、
正直、至らない部分も多いと思います。

けれど、ほんのちょっとヒントをあげるだけで、
日本語自体があやしい子から、
内容についてまとめ方をどうするかという段階の子まで、
それぞれレベルの差はあるものの、
子どもらは全員、その時持ってる自分の
精一杯の言葉を綴っていくんです。
それはもう、ほんとに一生懸命。

毎年来てくれる子達もいて、
年々、確実にレベルが上がって行ってるのを見るのが
ほんとにうれしく思えます。

「先生、去年ね、賞取ったんだよー!」
っていう報告が聞けることもあります。

いつも、子どもらの元気そうな顔が見られて、
本当に楽しく働ける講座なんです。

そんな講座を終えて帰ってきたら、あのトピック。
「読書感想文」っていうタイムリーな言葉に釣られてクリックしたら、
一気に気分が悪くなってしまった。


代行することで、誰かに少しでも
プラスになることはあるのかしら。

子どもに?
親に?
代行する人に?

自分の思いを綴るはずの原稿用紙に、
他人の思いが綴ってあって、
その子はそれを平気で提出できるのかしら。
それを平気に思う子が育ってしまったらどうするのかしら。

もし、まかり間違って、
代行作文が入賞でもしてしまったら、
その子の、後ろめたい、いたたまれない気持ちはどうするのかしら。

なにより、代行するくらいのスキルがあるなら、
なぜ、本を読んで考えること、それを書き記すことの
大切さを伝えてあげないのかしら。

ああ、こういうのイヤだ。

自分に持っているもの(例えばスキルや知識、ものやお金)があるくせに、
それをそんな形で使うことしか思いつかない、思考の貧弱な人間は嫌いだ。
持っているものがある分だけタチが悪い。

家族や友達に宿題の分からない部分を助けてもらうのとは訳がちがう。
くっだらない仕事でくっだらないお金をもらおうとしてるんだもの。

儲かればいい?やったもの勝ち?

もっと別の方法があるでしょう。
そう言うのをほんとに考える力がないって
言うんじゃないのかしら。

子どもらが、自分で考えて自分で綴ろうとするときの
一生懸命な顔を知ってるから、よけいムカムカする。


うーーーーーっ、気分悪っ。
自分の仕事に対する美意識を決して失わないようにしなくては。

Atelierすゞり

美しい文字を。 美しい時間を。 美しい空間を。 The official website of Ayami NAKAMURA  [Atelier Suzuri]